出版社/著者からの内容紹介
ばらつきの少ない製品を開発・設計段階でつくりこむ画期的な工学手法「タグチメソッド」に注目! 本田宗一郎、豊田英二両氏につぐ米国自動車殿堂入りを果たした、著者・田口玄一が提案する新しい方法論で、会社が、社会が元気になれる!!
抄録(「電子書店パピレス」より)
増山先生が依頼してきた内容は、森永薬品という企業でペニシリンの生産工程を改善する研究を手伝ってほしいというものだった。
ご存じのように、アオカビからペニシリンを発見したのはイギリスの微生物学者フレミング博士である。フレミング博士は人道的な見地から製造特許を申請せず、発明を広く一般に公開した。そのためペニシリンの優れた薬効を知った多くの製薬会社が、競って生産を開始するようになる。アメリカでは四一年から、日本でも戦時中にペニシリンの製造を開始している。
当時、ペニシリンは高価で、しかも入手しにくい薬だった。理由は簡単で、大量生産ができなかったからだ。数字で示せば、培養液一ccから取れるペニシリンは約十五国際単位にすぎなかった。私が頼まれた研究も、いかにしたら培養液一ccから取れるペニシリンの収量を増やすことができるか――つまり生産工程を改善する研究に他ならなかった。
それは今まで私が取り組んできた仕事と異質なものだった。だが、技術に寄り添って生きていきたいと考えるようになっていた私にとって、願ってもない依頼だった。そして、この研究が私にとって初めての「実験計画法」の実践例となった。
ペニシリンの工程改善の研究は、主にオフラインで行った。オフラインとは、製造、営業の日常活動以外の活動(製品の企画・開発・設計、生産工程の開発・設計など)を指し、オンラインとは生産、販売の段階(製造工程の管理・製品検査・計測器の校正・日常のクレーム処理など)を指す。
この時は、ペニシリン菌の品種や生産条件(PH濃度や温度など)をさまざまに変えて、どういう菌をどのような条件で培養したら生産性がよくなるかを、実験で求めようとした。その場合、考えられる組み合わせを全部実験すれば、膨大な数の実験を行わなければならない。そこで登場するのが直交表である。厳密にいえば、当時はまだ直交表という言葉は使っていないのだが、そのことに言及することは読者の混乱を深めるだけであろう。ここでは、直交表というものを使い、多くの条件変数をバランスさせて、数少ない実験で最適条件を求めようとしたのだと理解していただければいいと思う。
実験の成果は生産性の向上に寄与することになったが、残念なことにその後、森永薬品はペニシリンの生産を中止してしまう。私が関係した時にはすでに導入が進められていた連続生産設備が、うまくいかなかったためである。
ペニシリンに限らず、菌の培養はタンク培養(バッチ生産)といって、区切られた別々のタンクで培養するのが一般的である。だが森永薬品では、全工程をパイプでつなぐ連続発酵方式を導入することで生産の合理化をもくろんでいた。一見、合理的に見える連続発酵方式だが、品質管理上とても危険な方式である。もし雑菌が混入して汚染(contamination)が起こると、製造過程にある全製品を廃棄しなければならない。しかも、洗浄のため一カ月近い生産停止を余儀なくさせられる。タンク培養なら、汚染されたタンクの製品だけを棄てれば済むし、洗浄も短期間で終わる。
身近な話題でいえば、ビールの製造に関しても同様なことがいえる。連続発酵方式を採用したアメリカのビール会社があったが、やはり失敗している。現在、日本のビール会社のほとんどがタンク培養方式なのはこのためである。
ペニシリンの生産性向上のための研究は世界各地で進められ、現在は培養液一ccから取れるペニシリンは三〜四万国際単位といわれている。つまり、生産性に二千倍以上の改善が生まれたのだ。同じ量のペニシリンの生産コストが二千分の一以下になったと表現してもいい。このことがペニシリンの価格を引き下げ、誰にでも手の届く薬にした。
このことは、「生産性」というものを考える上で、重要な示唆を含んでいる。生産性が向上すれば、同じ製品をより安く生活者の元に届けることができる。普遍すれば、あらゆる物価が半分になれば二倍のものが買えるということだ。それは、生活水準を二倍豊かにすることでもある。企業が生産性を上げる所に資金を投入して、研究開発を行っていかなければ、人々は豊かになれないし、企業の発展も望めない。
一方で、半世紀前に六十四社を数えたペニシリンの製造企業が、現在は一、二社を数えるだけになっている。より薬効のある薬が開発され、ペニシリン自体の需要が少なくなったという側面もあるだろうが、脱落した企業の多くは生産性向上の競争で負けたのである。二千倍も生産性が向上すれば六十四社もいらなくなるのは、ごく当然な結末なのだ。
*国際単位…酵素の国際単位。1分間に1μmolの反応を進める酵素量。
著者について
田口 玄一(たぐち げんいち)
理学博士、品質工学会名誉会長。
1924年、新潟県生まれ。桐生高等工業学校紡織別科を卒業後、海軍水路部天文部入部。厚生省衛生統計課、文部省統計数理研究所を経て、50年日本電信電話公社電気通信研究所に勤務。インド統計研究所客員教授、米プリンストン大学大学院教授も務める。65年青山学院大学理工学部教授に就任。80年「タグチメソッド」をベル研究所で応用、米フォード社をはじめアメリカ主力産業の品質向上に大きく寄与した。93年品質工学フォーラム(現、品質工学会)の設立とともに、会長に就任。
現在、(株)オーケン社長、ASI Executive Directorなどを務める。
主な受賞に、デミング本賞('60)、ロックウェルメダル('86)、科学技術殿堂入り('88)、藍綬褒章('89)、米国オートメーション殿堂入り('93)、シューハート・メダル('96)、米国自動車殿堂入り('97)。