出版社/著者からの内容紹介
ベストセラー『天下御免の向こう見ず』に続く爆笑問題の第二弾エッセイ!
太田光のエッセイの常識を越えたおもしろすぎる文章に、田中裕二のユニークな紙粘土が添えられた絶品の1冊。1997年9月より『TV Bros.』に連載中のエッセイをまとめ、佐藤雅彦、おおひなたごうとの対談も収録。
抄録(「電子書店パピレス」より)
部活
これを言うと、意外だ、と言われる事が多いが、私は中学生の時、軟式テニス部だった。『エースをねらえ!』に憧れて入った。
ちょうど、小学校を卒業した年の春休み、夕方五時半から『エースをねらえ!』の再放送をやっていた為、その年はやけに、テニス部の人気が高く、男子の新入部員は五十八人もいた。皆“岡ひろみ”に憧れた男達だ。
中でも特に私は憧れの度合いが強く、漫画の中で“岡ひろみ”のラケットカバーに“H・O”とイニシャルが書いてあるのを見て、早速、自分のカバーにも同じイニシャル“H・O”を白マジックで、大きく、しかも綺麗な飾り文字で書いたりした程だ。
しかしこのカバーは、朝、学校に持って行く段階で急に恥ずかしくなり、結局その後一回も使わなかった。
当然の事だが、少女漫画と実際の中学男子の部活では、世界が全然違った。
漫画の中で“岡ひろみ”は、新入部員なのに突然、大きな大会に選手として大抜擢されたりするのだが、実際の部活では、そんな事は、誰の身にも起きない。漫画のコーチは、新しく派遣されて来た、元プロテニスプレーヤーだが、我々の顧問は、ただの国語の先生で、一年生はラケットを触る事すら許されず、毎日、基礎体力作りばかりやらされる。しかもその先生の方針で、部員は全員五分刈りだ。
私は、半年もしないウチに幽霊部員になった。漫画の中で“オトワさん”という意地悪な先輩が出てくる。実際の部活でも意地悪な先輩はいた。普段、学校の廊下などで会って挨拶しても、無視するような先輩だ。
私はせめて、後輩が出来たらそういう先輩にだけはなるまいと心に決めた。普段、後輩に会ったら、こちらから明るく挨拶してあげよう。後輩達に「あの先輩は、練習には出てこないけど、とてもやさしい、いい先輩だ」と思われたかった。
実際には、練習に出てこない先輩など、尊敬されるハズもなく、後輩達は皆、私の挨拶を無視した。
三年生の時、“お別れ試合”というので、初めて試合をして、一年生相手に、玉に触れる事すら出来ず、ストレート負けした。その私の姿を見て「馬鹿じゃねえの……」と笑った後輩に殴りかかって、三年だったソイツの兄貴に逆にボコボコにされた。
('97・9月)
エレクトーンレッスン
私は現在、何の楽器も演奏出来ないが、実は小学校一年生から、四年生ぐらいまで、エレクトーンを習っていた事がある。エレクトーンというのは、私達が幼稚園の頃、ヤマハが開発して売り出した楽器で、当時“ヤマハ・エレクトーン教室”というのが大流行した。
私は別にこの楽器に興味があったわけでも何でもないのだが、幼なじみのユリちゃんが習い始めるというのを聞いて、どうしても自分も習いたくなり、親にねだって始めたのだった。
しかし、私は、これにすぐ飽きた。元来私は飽きっぽく、その後習ったお稽古事も続いたためしがない。三日坊主どころか、一日ですぐ飽きる。そろばんも習字も少年野球も学習塾も部活動も、皆同じだった。友達が通うと言うので自分も通い始めるが、一日行くとすぐ飽きて、その後サボるようになった。自分でも驚く程興味が続かない。
いつも、最初は「今度こそモノにしてやる」と思うのだが、初日が終わると、もう充分だった。次の回からは本当に行きたくなくなるのだ。もう、行くのが嫌で嫌でしょうがない。ひどい時などは、まだ一回も通っていないのに、既に前日の夜からもう飽きて、行きたくない事もよくあった。そんなふうになる度に、私は自分を本当にダメな奴だと思ってよく落ち込んだものだった。
ヤマハ・エレクトーン教室は、そんな私の最初のお稽古事で、親も自分自身も、私がそこまでダメ人間だと気づく前の事だったので、通わなくなるどころか、家でも一生懸命練習するものだろうと思って、エレクトーンを買ってしまった。だから親としても勿体なくて、そう簡単に私に教室を辞めさせる訳にはいかなかった。
私が何だかんだ言って教室をサボるようになると、親は個人レッスンに切り替えて、先生に、週に一回、家まで来てもらうようにした。いくら私でも、向こうの方からくるモノをサボるわけにはいかなかった。
その先生は、当時、音大かなんかに通っている女子大生だったと思うが、とにかく極端におとなしい人だった。私も極度な人見知りだったので、私達は練習以外では一言も口をきいた記憶がない。会っても挨拶すらしなかった。
先生が来ると、私は黙ってエレクトーンの電源を入れ、先生は黙って楽譜を指し示し、私達は一言も喋らずに練習を始めた。練習が終わると、先生は黙って楽譜を閉じ「さようなら」も言わずに帰っていった。
これには私の母親も戸惑っていた。玄関から私の部屋に来るには、居間を通らなければならない。居間にいて誰かが入って来れば必ず気づく。しかし、母親は居間にずっといたにもかかわらず、私の部屋からエレクトーンの音が聞こえてくるまで、先生が来た事に気づかなかった事が何度かあった。どうやって音をたてずに玄関から入って私の部屋まで行ったのかと不思議がっていた。私自身、挨拶の出来ない大人を見たのは、それが初めてだった。
ある日、私は練習中、おしっこがしたくてたまらなくなった。しかし、先生に「トイレに行きたい」という一言がどうしても言い出せなかった。私はモゾモゾしたが、先生は私の指先だけを見ていて、その様子に気がつかなかった。私はとうとう我慢できずにエレクトーンを弾きながらおしっこを漏らした。先生はしばらくして「あっ」と言って、立ち上がり、そのまま黙って帰ってしまった。
それ以降、先生は来なかった。
('98・11月)
著者について
爆笑問題(ばくしょうもんだい)
太田光(おおた ひかり)
1965年5月13日埼玉県生まれ。日本大学芸術学部中退。身長170cm。
田中裕二(たなか ゆうじ)
1965年1月10日東京生まれ。日本大学芸術学部中退。身長154cm。
’88年結成、現在では政治から芸能界まで様々な社会現象を斬る漫才は、若者だけでなく、幅広い年齢層に支持されている。
’93年NHK新人演芸大賞を漫才では初めて受賞し、テレビ朝日“GAHAHAキング爆笑王決定戦”でも、10週をストレートで勝ち抜き初代チャンピオンに輝いた。
漫才だけでなくコントもこなし、映画「バカヤロー4」では太田光が監督に抜擢され、また“’94ぴあプロフェッショナル大賞”では、以前太田が主演した映画で演技力が評価され、新人奨励賞を受賞した。その他小説なども手掛け、才能の多才さをみせている。まさに飛ぶ鳥を落す勢いで、今最も注目を集めているコメディアン二人組である。
I 起源 アルケー
お菓子と風船
ウサギ
人間ポンプ
部活
エレクトーンレッスン
マサ君
過去
太宰と賢治
新入生の頃
蒲団屋
画家とバレリーナ1
画家とバレリーナ2
クリスマスの思い出
II 知識 エスピメーデ
田中岩
鉄拐
総裁選に思う
初めて見る顔
きっかけ
ボツネタ
TVマンガの主人公ベスト5
料理人
青島不出馬
都知事選について思う
黒澤映画
向田邦子
桜
III 理念 イデー
レコード
全知全能
大予想
『トム・ソーヤの冒険』
混乱
天体望遠鏡
楽しかった銀河旅行
ディスカバリー
TEACHER
短編小説 最低人間
特別対談
佐藤雅彦 VS 爆笑問題
おおひなたごう VS 爆笑問題
解説 佐藤雅彦