出版社/著者からの内容紹介
実務知識偏重でもなく理論倒れでもなく、日本の現実をふまえた本質的な分析・提案・実行ができる人材を育てたい。それが国立での経営学修士コースのねらいである。そのコースを担当している4人が現実の経営の諸問題をどのような切り口で切ろうとしているのか、さまざまな問題を実際に取り上げて論じた『一橋大学ビジネススクール「知的武装講座」』。本書は、電子書籍化にあたり、これを1人ずつのパートに分冊したもののひとつである。ほかのパートと併せてお読み頂き、ぜひ4人の結論・見解を読者のみなさんと共有したいと思うとともに、その結論に至る論の進め方に出ているであろう私たちのMBAコースのスピリットをも感じていただきたい。
抄録(「電子書店パピレス」より)
課題21 官僚制組織ははたして害悪か?
ケーススタディ 組織設計の基本原理を考える
ポイント
「あの会社は官僚的だから」――。いまや官僚的であることはタブー視されている。しかし、相次いで起こる企業不祥事は、組織とはどうあらねばならないかを教えている。日本企業は自社の組織が真の官僚制組織かどうかを、チェックし再評価する必要がある。なぜなら、創造性や戦略の原点は組織にあるからだ。
◆官僚制組織のメリットとは?
U-2という米軍偵察機があったのを覚えている人は少なくないはずである。今となっては人工衛星に役目を譲ってしまったが、高高度を飛び敵地の航空写真を撮影するU-2は、ケネディ大統領時代のキューバ・ミサイル危機でも大活躍をした。ソビエトがキューバに核ミサイル基地を建設中であるという確証が得られたのは、ソビエト国内の核ミサイル基地と同型のものがU-2の撮影したキューバの写真に写っていたからであった。
しかし、U-2自体は有名でも、その活躍の背後に巨大な官僚制組織が存在していたことを多くの人は忘れがちである。たとえば、写真を撮影しただけでは偵察にならない。その写真を現像して引き伸ばし、それを細かくチェックしなければならないからだ。U-2が撮影してくるフィルムは想像以上に長尺である。同機が一回の飛行で撮影してくるフィルムの長さは一・四キロメートルもあり、分析のために引き伸ばして広げると幅六メートル×長さ二六キロメートルの写真になる。これほど大量の写真をチェックして、ミスなく、しかも迅速に、核ミサイル基地を確認するには、かなり大きな、しかもしっかりした組織が必要である。
ここで「しっかりした組織」と言っているのは、各人が自分で判断できる問題をほとんど自動的にミスなく解決し、判断に迷う問題を即座に上司の判断に委ねる、といった一連の作業を遂行する組織のことである。すなわち、完璧な官僚制組織である。
官僚制はしばしば忌み嫌われ、克服するべき害悪として扱われてきた。高級官僚や中央省庁が嫌われ、企業でも個の創造性が強調される風潮が強い昨今の日本では、とりわけ官僚制を否定する志向性が強い。ネットワークとかホロン、サテライト、ITなど多様なカタカナ組織が好ましい組織のモデルとして次々に注目されてきた。
しかし、官僚制組織を馬鹿にしてはいけない。まず第一に、創造性や戦略性が官僚組織という足腰に支えられていることを再認識する必要がある。ケネディ政権が適切な戦略的意思決定を行った背後には、航空写真解析をはじめとする多様な官僚制機構という足腰の強さがあったのだ。第二に、効率的で信頼性の高いアウトプットを生み出す組織の基本モデルは今でもやはり官僚制組織である。新たな組織原理は官僚制に‘付加される’のであって、取って代わるのではない。きちんとした官僚制組織を構築しているか否かが今でも企業経営の基本である。
実際、最近話題になっている日本企業の事件は、その根本的なところで官僚制組織の基本ができていなかったことに本質的な原因があることは明らかであろう。たとえば雪印乳業を例に取ってみよう。大阪工場ではマニュアルどおりに洗浄作業が行われておらず、北海道の大樹工場ではマニュアルに記されていない異常事態(停電)が生じていたのに判断を仰がずにそのまま作業を進めてしまった。
マスコミの議論は主として問題発覚後の社内の混乱や処理のまずさなど、事件性の高い部分に注目して批判を展開していたが、この事件の本質はまず第一に官僚制組織の基本ができていないことにある。他の日本企業もスキャンダルへの対処法や危機管理など新しい課題を考える前に、まず自社の官僚制機構をチェックするべきであろう。創造性や戦略性を強調する政策を採ろうと考えている企業も、まず自社の官僚制機構という足腰のチェックをするべきである。官僚制組織という足腰が揺らげば、どれほどきらびやかな戦略も絵に描いた餅にすぎないのであり、そもそも戦略を考えるヒマがなくなってしまうのである。
*この続きは製品版でお楽しみください。
著者について
沼上 幹(ぬまがみ つよし)
1960年、静岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業、同大学大学院商学研究科修了。成城大学経済学部専任講師を経て、現在、一橋大学大学院商学研究科教授。商学博士。
はしがき
課題21 官僚制組織ははたして害悪か?
課題22 組織が最強の力を発揮するための条件とは?
課題23 教科書が教える「相手と闘わないこと」は最良の競争戦略か?
課題24 会社組織を疲労させる権力とは何か?
課題25 強い組織をつくるために、マネジメントはどうあるべきか?
課題26 今、リーダーに求められる決断力とは何か?
課題27 早期選抜制を有効に機能させる手法とは?
課題28 成果主義人事システムの本質的な問題とは何か?
課題29 どうすれば、部下がやる気になる組織は生まれるか?
課題30 長期的な市場変化を読み取る戦略的能力の育成法とは?